2007年9月22日土曜日

日本ハムM8!高橋“満弾&ラッキー打”

<日本ハム13-5オリックス>◇21日◇札幌ドーム ハムの連覇が見えてきた! 日本ハムが13-5でオリックスに大勝。2位ソフトバンクが西武に敗れたため、優勝マジック8が点灯した。5番高橋信二(29)が3点ビハインドの4回、一時逆転となる満塁弾を放つ。さらに5-5で迎えた8回無死一、三塁には、平凡な三塁ゴロが相手失策を生むという“ラッキー打”で、決勝点もたたき出した。この回、2年ぶりの1イニング8得点を奪った勢いも味方に、Vロードを突き進んでいく。 奇跡は2度、起きた。同点の8回無死一、三塁。高橋の凡打が、信じられないミスを誘った。バットの先に引っ掛けた三ゴロ。三塁走者の稲葉が飛び出し、チャンスはついえた…かに思われたが、ドラマが起きる。元チームメートの木元が何と本塁へワンバウンドの悪送球。まさかの“ミラクル凡打”で決勝点をたたき出した。「あれはイカンですよ。打っちゃいけないところに打った」。今季1イニング最多の一挙8点。終わってみればマジック8をともす、奇跡的な大勝だ。 正真正銘のヒーローだった。3点を追う4回無死満塁。岸田の真ん中直球を左翼席へ弾丸ライナーで突き刺した。第9号は自身4本目、今季初のグランドスラム。一時は同点にされたが、会心の一発でつくった流れを、捕手としても4投手を苦心のリードで最後まで壊すことなく、白星へと到達させた。「奇跡みたいなもんでしょ」。05年には開幕から4試合で2本の満塁弾の最速記録を作った満塁男が、ミラクルな「アーチ&凡打」の競演で、3連勝へと導いた。 球団史を象徴する反骨の男は、1つの出会いから花開いた。「監督がいなかったら、ずっとあのままだったかもしれない」。96年ドラフト7位で入団。巨人小笠原と同期、同じ捕手としてプロ入りした。将来性を買われてだったが、すぐに2軍首脳陣の大半から見限られた。当時は身長182センチながら、現在より17キロも少ない70キロの細身。外見で判断された。「プロ野球選手じゃなかった。ゴミみたいな扱い。見返そうと思ってやってきた」。1年目から2軍ではボールボーイなど雑用が主な仕事。チーム練習からただ1人外れ、フレッシュ球宴へフリー打撃用捕手をするためだけに帯同させられる屈辱も味わった。 転機はヒルマン監督が就任した03年。プロ7年目だった。課題の守備には目をつぶり、パワーあふれる打撃を見初め、起用された。6年間でわずか1軍25試合出場も、その年105試合に起用。翌04年はチーム日本人トップ26本塁打を放ちブレークした。「それまで1軍の監督にあいさつをしても、無視されたりした」。球団内でも無名に近い捕手にチャンスを与えたのが、今季限りでチームを去る指揮官だった。 逆転ドラマのチャンスを与えてもらい、花開いた野球人生。この日はバットでそっくりそのまま、逆転ドラマをヒルマン監督へプレゼントした。05年は2度の左ひざの故障で定位置を失いかけたが今季、完全復活。最短で本拠地最終戦の26日楽天戦で達成するパ連覇への道を、切り開いた。岡山・津山市出身。B’Zの稲葉浩志の自宅と約100メートルの近所で生まれ育ち、中学校時代にはギターなどの楽器に没頭したこともある。プロでも遠回り、寄り道もしたが、野球にはいちずだった苦労人。熱いハートで奏でた快音に乗り、日本ハムが最高のステージへと向かっていく(日刊スポーツ 北海道版 引用)

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